麻雀の「何切る」が危険な理由3つ 

麻雀には「何切る」というモノが古くから存在しているのですが、(鍛錬法として)何切るを利用することを、私はあまりおすすめしません。

それよりももっと有効だと思える鍛錬法があるだけでなく、「何切る」をたしなむことが麻雀が上達するどころかむしろ有害(つまり下手になっていく)になってしまう可能性があるからです。

この記事ではその理由を3つ説明します。

 

※この記事でいう「何切る」は、牌姿と場況(○場の○家、ドラは何で何巡目)だけで判断するタイプのものについて話しています。他家の捨て牌なども合わせて全体的な場面で判断するタイプの「何切る」については触れていません。

麻雀の「何切る」が危険な理由

「何切る」というのは、手牌に1枚ツモった状態の牌姿から「さあ何を切りますか?」というモノです。

麻雀をやっている人達の多くにたしなまれている人気コンテンツの一つだと思います。

しかしながら、気をつけてたしなむようにしないと、麻雀が下手になってしまう(というか、成長を阻害してしまうことで上達が遅れる、ひどい場合は止まる)要素を多く含んでいるかもしれない危険なモノです。

理由その1 「それでは遅い」

ツモってから何を切るかを考えるのでは、「それでは遅い」と言わざるを得ません。覚えたての超初心者の方ならいざしらず、いつまでもその立ち位置というか姿勢というか、その遅い地点での思考をしているようではマズイでしょう。

「何切る」は、その思考が普通であるかのような錯覚におちいらせてしまいます。これが有害になるかもしれない理由の一つめです。

そもそも麻雀が強い人というのは、ツモる前に次に何を切るか考えているし、何をツモったらどう切るかというのはだいたい(超強い人ならほぼ完全に)決まっているものなんですよ。

 

あとで詳しく紹介させていただきますが、鍛錬法として行うのであれば、ツモる前の牌姿を見て「何が来たらどれを切るのか?」とアレコレ考えて「準備する思考をやしなう」ほうが良いです。

そのほうが絶対に強くなれますし、それだけでなくおそらく自然とツキもあがります。

・・・本当です。たぶん。このへんについてもまたのちほど(^_^;)

理由その2 「点の思考になりやすい」

これはすこしオカルトチックな話になってしまいますが、麻雀が強い人は「ツモの流れ」というのを読んでます。

説明が難しいのでざっくりとだけ書きますが、「何切る」の問題って途中の牌姿である場合がほとんどです。「ツモの流れがどう来たのか?」っていう情報はまったく無いんですよね。

それをいきなり見せられて「何を切りますか?」と言われても、「いや、そんなの決められないよ」という感じになってしまうと思うんですよ。すくなくとも私はそうなります。

 

手牌というのは、点でとらえるのは配牌ぐらいです。そのあとはツモの流れを考慮しつつ何を切っていくのかを決めていくので、途中の牌姿を見せられても判断材料が足りないというか・・・。

配牌に1枚ツモって「さあ何を切りますか?」であれば喜んで答えられるのですが、そのあとは巡目が進めば進むほど答えにくくなってしまうのです。

 

つまり、何が有害になってしまっているかと言いますと、点の思考をたずねてくることが問題になるんですよ。

ある程度ながい経験をつんだ打ち手ならば、自分が次に何をツモってくるのかはっきりとわかる瞬間というのがあるはずです。

人によって頻度も精度も違う不安定なものですから、この手の話を信じない人もまた多いのですが、これは「ツモの流れ」を読んでいるからこそ体験できるものと言えるでしょう。

 

点でとらえている問題の多い「何切る」は、流れでとらえようとする思考を阻んでしまうことにつながりますので、非常に有害になってしまうと思います。

打ち手の視野をせばめてしまうという感じですかね。

麻雀初心者の方が参考にする程度ならばメリットのほうが多く、特に有害とはならないかと思います。

しかしながら、初心者を卒業した人達にとってはデメリットのほうが多く、むしろ上達するチャンスを阻むかのようなコンテンツに思えるので、人によってはかなり有害となるのではないかと私は思います。

もちろんそんなつもりは無いんでしょうけれども、悪いほうへと洗脳する形になってしまっている。

理由その3 「そもそもそんな牌姿にしない」

何切るの問題って、何を切るのか迷うような悩ましい牌姿がとても多いと思います。

「これしか切る牌が無い」というわかりやすい形では、何切るの問題として面白くないというか、最低でも打牌候補が3つ以上は存在するようないやらしい牌姿じゃないと、わざわざ問題にする意味が無いかな?というような考え方になるのかもしれません。(問題を作る側の話です)

 

そのせいかどうか私にはよくわかりませんが、何切るの問題をツイッターなどでたまたま見かけた時に私が思う真っ先の感想はたいていこれです。

「そもそもそんな牌姿にするなよ。ブクブク過ぎてあぶねーだろ」

 

手牌をブクブクにしないようにする意識がある打ち手は、何切るの問題に多い悩ましくいやらしい牌姿(同時に贅肉だらけでリスキーな形)にはならないように打ちます。

「もっと前にどうにかして、スリムとまではいかなくても普通の体型にはしましょうよ」的な牌姿ばかりで現実的ではないと言いますか・・・強い人はそもそもそんな形にしないものなんですよ。

(私と同程度の中途半端なレベルの打ち手の場合は、なってしまうことはあります)

 

つまり、ブクブクな形は例題の形として不適切と言いますか、それが当たり前の形として扱ってしまうのがマズイと思うんです。

そのブクブク過ぎる牌姿にしてしまうのは、言わばだらしない人(見切りができない人)のものであって、少なくともそれは強い人の牌姿では無いし、先に書いたようにそうなる前にどうにかするほうが重要なことだから意味が無いという感じなんですよね。

「何切る」よりも前の段階で対処する

何切るが危険な理由を説明してきましたが、理由2はすこし難しいかもしれません。

理由1と理由3はなんとなくわかる方もそれなりにいらっしゃるかと思います。

 

これは麻雀に限らず様々なことに対して言えることですが、問題というのは先手先手を打って解決していけば悪い影響を最小限に止めることが可能です。

さらに、それよりももっと前の段階であらかじめ予測して手を打っておけば、問題そのものが発生しないようにすることだってできます。

でも麻雀の「何切る」は、言ってみれば「問題が発生してから解決する」というケースがほとんどです。

 

理由1と3を読んでなんとなくでも理解できた方であれば、もっと前の段階が存在するということに気づいたと思います。

麻雀が上達するために必要なのは、ツモってから何を切るかを考える力ではありません。それでは遅いしブクブクだしツモの流れだって読めるようにはなっていかないでしょう。

あと、ツキも上がりにくいかもしれません。

なぜならば、「何切る」に慣れきってしまった思考では、引き寄せ力になかなか結びつかないからです。

※参考記事

麻雀と引き寄せの法則について
この記事では麻雀と引き寄せの法則についての話をしていきます。 麻雀でツキが無さ過ぎて勝てないという方は、(疑いながらw)読んでみると幸せになれる道が開かれるかもしれません。 ただ、筆者は引き寄せの法則を実践し始めてからの...

 

「思考が現実化する」のが「引き寄せ」ですので、「何が来たから何を切る」ばかりやっていてもイマイチ有効ではないし、そもそも引き寄せにはラグがあるものですので、オーダーは早いに越したことはありません。

「コイツ急に何を言いだしたんだ」と思われた方もいるかもしれませんが、先にどうするのが良いのかを説明していきましょう。私が変なのは小さい頃からずっとですが、わけわからないことはいったん無視してください。

ではさっそく・・・と思いましたがすでに長いのでこのへんにしておいて別記事にまとめることにします。

※別記事は編集中です。

あとがき

「何切る」の良いところとしては、自分以外の方の考え方を気軽に知ることができるというところです。

私もだいぶ前に近代麻雀などで何切るをたしなんでいた時期がありますし、最近ではツイッターで面白そうな問題を見かけたときにちょっと覗いてみたりしたこともありました。

 

しかし、雀鬼流をそれなりに長く実践してきたおかげか、もっと前の段階でどうにかできるということが今の私にははっきりわかるんですよ。

配牌の「何切る」ならまぁいいんですが、途中の巡目で他家の捨て牌などの情報も無しのブックブクな「何切る」には違和感しか感じません。

 

十分に気を付けてたしなむ分には問題ないかもしれませんが、よくわかっていない状態で何切るをやっていると、洗脳されてしまう危険があると思います。

初心者の方はともかくとしても、ある程度のレベルまでいったら早めに卒業したほうがよろしいんじゃないかなと(^_^;)

記事をお読みいただきありがとうございました。

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