世の中には目に見えないものがたくさん存在します。
麻雀で言えば「ツキ」「流れ」などがそれに当たりますね。
目に見えないものを大雑把に分類すると、その存在が「証明されているもの」と「証明されていない」ものに分けられます。
証明されていないものは、ことあるごとにその存在の有無が議論される傾向にあります。
存在を肯定する人、懐疑的な人、否定する人、人それぞれ様々な考えを持っていますが、私はこの中でもっとも賢明なのは「懐疑的な人」と考えています。
次に賢明(というかマシ)なのは「肯定する人」です。そして「否定する人」に対しては、「あまり賢明とは言えない」と思っています。
なぜならば、目に見えないものを完全に否定することは不可能であり、存在しないことを証明する方法もまったく存在しないからです。
ここではその説明を試みます。
目に見えないものの存在を証明する方法
目に見えないものの中でその存在が「証明されているもの」というのは、たとえば無色透明のガスとか粒子とか、そういうもののことです。
人間の目で見ることはできないけど、何らかの現象(ニオイとかですね)をはっきりと確認することが可能なので、その存在はすでに証明されていて世の中に広く認知されてます。
では「証明されていないもの」というのはどうでしょうか?
たとえば、幽霊とかUFOとか宇宙人とかですね。神様とか悪魔、天使、妖怪などもそうですし、さきほど書いたように「ツキ」や「流れ」というのも含まれます。
これらのものは「いる」または「ある」「確かにこの目で見た」というような人は存在しているのですが、口ではなんとでも言えますので証明するまでには至っていないというのが現状かと思います。
これは存在を肯定する発言をしている人がどんなに偉くても立派でも関係ないし、どれほど多くの人が肯定していようが関係ありません。
100%の精度で嘘を見抜ける嘘発見器でもあれば話は別でしょう。
でも発言の真偽をはっきりと見極める方法があるのであれば、証明することは不可能なわけではありません。
それから、実際に自分で確認できた場合は自分に対して証明になります。他人に確認させた場合には他人への証明になります。
つまり、少なくとも理論上は、証明する方法がまったく無いわけではないんですよ。
わかりやすく例をだしましょう。
幽霊や宇宙人の存在を疑っている人に証明したいならば、幽霊や宇宙人をその人のところへ連れてきて納得いくまで確認してもらうことでその人に対しては証明できます。
もちろん難易度は高いでしょうけど方法はあるわけです。
これはツキや流れも同様です。目に見えないので幽霊や宇宙人よりも難易度は高くなりますが、ツキや流れがあることで発生する現象を見てもらい、相手に納得してもらえれば証明したことにはなります。
生半可な現象では納得しないでしょうけれども、相手の耐久力(?)を上回るほどの「存在を認めざるをえないような現象」であれば、認めるしかないわけです。
もちろん相手は認めたくありませんから必死に抵抗するし、敗色濃厚になってきても悪あがきするでしょう。でも信じるしかないような証拠をいくつも提示することができれば認めるしかないでしょう。
すこし強引な部分はありますが、すくなくとも「証明する方法は存在する」というのはわかったのではないでしょうか?
さて次です。
存在しないことを証明する方法は無い
存在を否定する方法はどうでしょうか?
存在を完全に否定するためには何を見せて納得してもらえば良いのでしょうか?
幽霊の場合は?
肯定派の人と一緒に幽霊がいるという場所へ行ってくまなく探してみますか?
仮にそれで見つからなかったからって何かの証明になるのでしょうか?
ならないでしょう。
「今回は見つからなかった」という結果を得ただけです。存在を否定する証明にはなりません。
仮に100回ぐらい同じことをしたところでたいして変わりません。
「100回ぐらい探したが見つからなかった」という「たぶんいないんじゃね?」っていうところでストップです。
宇宙人の場合はどうでしょうか?
宇宙は広いしわれわれ地球人は地球から出ることさえ一苦労です。
宇宙人がいるかもしれない星まで行くことすらできないのです。
幽霊よりも難しいことはおわかりでしょう。
ツキや流れも同じです。
しかもこれはさきほどの2つの例よりも難しいです。
肯定を証明する方法が難しいということは、否定する方法はさらに難しいと言えます。
目に見えないものを完全に否定するという方法は、理論上はそもそも存在しないのです。
肯定を証明する方法は理論上は存在するわけですから、少なくとも否定するよりは簡単なのです。
でももちろん難しいです。何しろある(いる)かどうかわからないわけですから。
「わからない」が答え
そうなんです。この「わからない」というのが一つの答えなんですよ。
われわれは神様じゃないし、どうってことないただの人間なんです。
だから「わからない」で済ませておくのがもっとも賢明です。
「わからない」>「存在を肯定する」>「存在を否定する」
この順番で簡単なんですよ。否定する方法はそもそも無いので難易度もなにもないです。
でも否定しようとする人はとても多いですよね。方法がないのに科学的根拠だの確率論だのを引っ張ってきて偉そうに否定しようとする。
科学というのもまだまだ未発達な学問ですし、学説はころころ変化してるし時にひっくり返るじゃないですか。
そんなものを持ち出して否定すること自体にそもそも無理があるんですよ。
これが私なりの答えです。
あとがき
ツキや流れが無いことを証明したなどという人がいるみたいですが、さきほど書いたようにそんなことは絶対に不可能です。
そういう人の書いたものを読む価値は無いとは思いましたが、いったいどんな実験結果を元にそんな大それたことを吹聴してるのか気になりましたので、気まぐれにちょっとだけ覗いてみたことがあります。
流し読みしただけなのでうろ覚えなんですが、どこか間違っていたとしてもどうせそれほど大差ないはずです。
今までは触れずに放置していましたが、あまり読む人がいないであろう深いこの場所でこっそりとツッコミを入れていきます。
多くの試合結果のデータを元に前のゲームのトップ者が次のゲームもトップをとるのか・・・ということで、何かを検証したわけですよね。
で、前後の関係性があるというデータが得られなかったので「流れは無いことを証明した」と言ってると・・・
流れをわかっていない人が何を検証したかったのかはわかったけど、あの実験結果だけじゃちっとも流れが無いことを証明できていないですよね。
雀鬼の動画でもじっくり見て、流れが何なのかをすこしは理解してから実験しなおしたほうがいいんじゃないかな。
「流れ」がどんなものかを学ぶなら真雀鬼の17話がおすすめです。
記事をお読みいただきありがとうございました。