視点が違うことで会話にならない

私は小さい頃からずっとそうなので慣れっこなんだけれども、他人とまともな会話にならないことが多い。

私が他人とは別の部分を見ていることが原因だ。

 

そのことに気づいたのは数年前なので、「どうしてこんな当たり前で簡単なことが通じないんだ」とイライラすることも多かったと言える。

多くの人が見ている部分は、問題が発生した後の部分。私が見ているのはそのすこし前の部分なんだ。

 

だから問題の解決方法が異なる。それで話が通じないんだな。

転ばぬ先の杖を持っているか持っていないかというとわかりやすいかもしれない。

ちなみに雀鬼はさらに前のほうを見ているらしくて、そのへんを見えてはいないものの「あるんだろうな」と意識している私には、雀鬼のおっしゃっていることがちょっとだけわかる。

でも多くの人は視点の差がありすぎてよくわからない。

 

見ようとすれば見えるはずなんだけどね。

彼らからは雀鬼のやっていることが愚かに思えるのだろう。だからまともに見ようとすらしていない。

でもね、結果の部分は目の当たりにするわけだから、その矛盾からは目をそらさなくてはいけなくなってしまう。こうなるとずっと逃げ回るしかないんだよ。

 

解決方法は自分の間違い、未熟などを素直に認めて、すこしずつでも見ようとすることだ。

それしか方法は無い。

言い訳やら誤魔化しやらでとりあえずその場をやりすごすことはできるが、問題は常に存在し続けているから、同じ場面に出くわしたらまた逃げるしかない。

 

まぁ、それもいいかもしれないが、私はその道をおすすめすることはない。

これは自分だけの狭い価値観の中にいる状態で、ホメオスタシス※に飼い殺しにされているような状態だからだ。

自分の殻を破って飛び出そうとしないと、そのまま井の中の蛙状態になってしまう。

※参考記事

ネガティブな麻雀を打つ人はホメオスタシスにやられている
これは麻雀だけの話ではないんだが、ネガティブな考え方をしている人の多くは、ホメオスタシス(心理的な意味での)の働きによって様々な可能性をつぶされている。 ホメオスタシスというのは、本来は生物の体の状態を維持してくれる免疫力などの機能のことで...

 

狭い世界で右往左往しているだけなのがわかるから、見逃してはあげる。外の広い世界があることに気付けるようにすこし見せることもできる。

でも助けてはあげられないよ。

自分の道は自分で歩くしかないのだから。余計なお世話かもしれないしね。

 

さっき私は弟と母親の井の中の蛙状態を見た。

物置に置いてある肥料飼料をネズミに食い散らかされるから、罠を仕掛けるかとなんとか言っていたので、

「そんなことせずにまず肥料を頑丈な入れ物にでもしまったらどうだい?」と提案したんだ。

プラスチック製の大きい工具箱か、またはゴミ箱として使用するような大きいポリバケツの中に肥料を入れておけばネズミは手出しできないだろう。

 

説明したが返ってくるのは言い訳やら誤魔化しやらばかりだ。

弟「箱になんて入れてられないよ」

私「箱に入れればそもそもネズミが来ないだろ」

母親「ネズミはコンクリートだって食べるから箱に入れてもね」

私「コンクリートより先に野菜やら肥料やら食うだろ。好んでコンクリートやプラスチックなんぞ食わねーよ。だいたい箱の中に何があるかわからないんだから見向きもしないはずだ」

弟「罠でネズミ捕まえられるから」

私「飼料がそのままなら捕まえてもまた別のが外から来ちゃうだろ。イタチごっこになるじゃんか。食えるものがなくなればネズミは勝手にいなくなる」

母親「物置には玉ねぎやジャガイモもあるから」

私(玉ねぎは紐でぶらさげてるからネズミは手出しできねーだろ。ジャガイモもすでに頑丈な箱にしまってるから食われていない)

 

私はあきらめて会話を打ち切った。

ま、いつもどおりだ。

勝手にやってろや。

 

問題が発生してから対処するのと、問題が発生しないように手を打って問題そのものを無くすのとどっちが良いか考えるまでもない。

話すだけ無駄だ。

まぁ、おそらく、弟は理解できたはずなので、ほとぼりが冷めた頃に(私には気づかれないように)こっそりと箱を買ってきて飼料をその中に保管するようになるとは思うが・・・苦笑

 

私は当たり前のことしか言ってないはずだからな。

そもそも畑のことなんぞ私はどうでもいい。母親が勝手にやってるだけだし、弟は無理やりそれにつきあわされているだけだ。

知らーん。

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